仲間の話

共依存のやみの中から(1)

とび

 わたしがEAにつながって、4年程になります。 グループにつながる前、わたしは感情の病気を抱えて毎日が地獄の中のように感じていました。 そんな暗闇からEAを通して、わたしは回復への道を教えてもらったように感じています。

 わたしが病気になったのは結婚がきっかけでした。 しかし、今振り返って見るとその前から病気の芽は持っていたように思います。 わたしは人付き合いが苦手な内気な子供でした。同級生からいじめられたこともありました。 友だちはほんの2、3人でした。 1人でいることの方が多かったのですが、ほかの人といるぐらいなら1人の方がいい、と思っていました。 実際、わたしは孤独に慣れているとも思っていました。

 大学に行っている間に、わたしはある人と結婚しました。 その人とは高校の頃からつき合っていました。 その人は就職していましたが、わたしは学生でしたので学生結婚ということになるでしょう。 同級生の間でも、早い方でした。

 結婚してからも大学に通っていました。 ですが、ゼミだけで比較的ひまだったこともあり、わたしはいわば「専業主婦」のようなものでした。 毎日朝食の後、出勤するのを玄関から送り出してから、掃除をしたり洗濯をしたり、 ゼミのレポートを書いたりしていました。 わたしが「専業主婦」であることもあり、生活は結構大変でした。 両親からすこし金銭的に助けてもらっていました。わたしはそれがとても後ろめたく思っていました。

 その頃、何度かお金のことでけんかをしたのを覚えています。 特に、わたしが買物に行って財布を落とした時には大げんかになってしまいました。 また落とすといけないから、わたしは1人で買物に行ってはいけない、 お金は小遣いの形で週1000円だけと言われました。 このお金は大学へ行く時のきっぷ代でほとんど消えてしまいました。 実際にはなにか必要があれば言えば嫌な顔せず出してくれたのですが、わたしはなかなか言えませんでした。 (今考えると、その人も既婚の新入社員ということで、結構大変だっただろうと思います。 同期の人から飲みに誘われてもほとんど断っていたようでした。)

 ですが、このことは金銭的な問題以上にわたしにとって精神的にショックでした。 やりくりをしながら、野菜などの買物をしたり料理を作ったりするのは、 わたしにとってその人が仕事をしてくれることへの恩返しのつもりでした。 何もしなくてもいい、と言われ1日をマンションの部屋で過ごしている日々は、 まるで鳥かごの中に閉じ込められているように感じました。

 大学を出でから、わたしはある会社に入りました。 会社でわたしは一生懸命働きました。 同じ年に会社に入った中では唯一の既婚者ということもあり、会社でがむしゃらになって働きました。 そして、早く仕事をかたづけて家に帰らなければ、と思っていました。 ですが、なかなか慣れないこともあって、家に帰るのは遅くなることもたびたびでした。 残業してもあまり残業手当はつかず、新入社員ということもあって給料は少しだけでした。 ですが、共稼ぎになったので金銭的には少し楽になりました。

 職場ではわたしは毎日気をつかうことばかりでした。 上司に気をつかい、同僚に気をつかい、仕事がおわるとへとへとになりました。 事務系の仕事ですので、体を使うことはあまりないのですが、その分気を使うことが多かったかも知れません。 そうして、家に帰った後でも相手に気を使っていました。 うまく仕事の段取りを付けられず、帰るのが遅くなったときなど、特にそう思いました。 少しお金の余裕ができたこともあり、仕事の帰りに待ち合わせて外食することも時にできるようになりましたが、 そんな折にわたしが遅刻していくと、それがとても申しわけなく感じました。 「今度は早く仕事を終えるから」と約束しても、なかなか約束通りにはいきませんでした。

 就職してからは、家に閉じこもることはなくなりました。 仕事がらみで遅くなった時、その人はよくさみしいと言っていました。 結婚した人にすまない、という気持ちがとれませんでした。 同時に独身の同僚がとてもうらやましく感じました。 仕事をはじめてからの方が、わたしは愚痴っぽくなっていたように思います。 けんかの回数も増え、最後はけんかしない日の方がすくないくらいになりました。 そして、その人はいつのまにかアルコールにはまっていきました。 もともとお酒は強い人でしたが、毎日酔い潰れるまで飲むようになりました。

 その頃にはわたしもずたずたになっていました。 けんかをするくらいなら酔い潰れて眠っている方がほっとするようになっていました。 この人がこんな風になったのはわたしのせいだと思い、罪悪感を感じました。 結婚する前、わたしはある夢がありました。結婚するとき、その夢を少しあきらめ、結婚を選びました。 その人は、あきらめなくてもいい、と言ってくれていましたが、もうそれどころではありませんでした。 この人がいなかったら、そう思うと相手がとても恨めしく思いました。

 その人は精神科にかかり、薬とカウンセリングを受けることになりました。 病院に通うようになってしばらくして、わたしも一緒に夫婦カウンセリングを受けることになりました。 そして、わたしも薬をもらい、単独のカウンセリングも受けることになりました。 そしてカウンセラーからEAのミーティングを紹介されました。