仲間の話

EAに来て

ゆき

 私がEAに通い続けているのは、何となく居心地が良かったから。 伝統や文献、仲間の話に共感するところが多かったからだ。

 親との関係で傷つき、人との関係で傷つき、これ以上傷つかない心の余裕なんてどこにもない。 信じるものなんて何もない。居場所もない。そんな感じだった。 私の育った家族の中で自分の感情を表現することは殆どなかった。 自分自身でいると母親から見捨てられてしまうからだ。

 子供の頃自分が息をしている感覚を得られていたのは学校で、唯一の居場所だった。 だけど15歳の時に自分の望む学校に進学できなかった。 親から自分のことを強く否定され、感情を否定され、自分の感覚を否定され、結局行きたくない学校へ、 親の価値観を半分背負って進学せざるをえなくなった。 その事で自分の存在を否定された感覚は今でも強く残っている。 居ることが苦痛な学校だったけど、居場所がなくなる事に強い恐怖心を感じていたから3年間も通ってしまった。 自分自身でいられる心地よさもなくて、苦痛な感情も押さえ込んでいるから息が出来なかった。

 この苦しさから抜け出す為と居場所を求めて大学へ進学。だけど自分の感覚にはかなり合わない場所だった。 15歳の頃からの過度のストレスで、感覚に合わない場所にいることがもう耐えられなくなっていたんだと思う。 通学する電車の中で、苦痛になって何度か泣けてきた。自分の感情に嘘をつくのはもう嫌だぁ。 こんな事を続けていたらきっと本当に駄目になってしまう。 そう思って悩んで10ヶ月程で中退することに決めた。 やっと息が出来なかった苦しさから解放された気がして嬉しかった。 やっと自分らしく生きていける気がしてた。

 自分の感情を取り戻す事と、自分らしく生き直すことをテーマにアルバイトをいろいろやってみたり、 友達を探してみて遊びに行ってみたりした。 だけど誰と居ても虚しくて、寂しくて仕方がなかった。 15歳の頃に自分の存在を親から否定された感覚と、感情を強く押さえ込んでいた苦しさを引きずっていて、 皆と本当の感情を分かち合ったり、やり取りをする事が出来なくなってしまっていた自分がいた。

 私の存在なんてどこにもない、世の中でひとりぼっちだなぁって抱えきれない孤独感だった。 その孤独感や寂しさから逃れたくって自分の存在を誰かに知ってもらいたくって、受け入れてもらいたくって、 人を求めるんだけど見捨てられちゃうことが怖くって、相手の感覚に合わせたり、 話したくない会話に無理に加わったりして自分の感覚が失われていってしまった。

 自分らしく生きる事、感情を取り戻す事がテーマだったのに、取り戻すどころかさらに悪化した事に自分を責める日々が続いた。

 それから色々な治療機関につながり、ミーティングにつながりEAにつながった。 ミーティングではとにかくこの苦しい感情を誰かと分かち合いたいと思い必死で探した。

 EAでは今まで人に話せなかった自分の感情や、知られたくない自分のことが話しやすかった。 グループに出続けて、仲間を通して自分の存在を受け入れられるようになってきたり、自分を許せるようになってきた。 きっと安心して自分のことを話せたからだと思う。

 だけど私の回復はすごくゆっくりだ。だから少しずつ今まで乱暴に取り扱ってきた感情を語り続けて 自分への埋め合わせをしていきたいと思う。 そして自分にとって心地よく感じる物を増やしていきたいなと思う。